台湾の芸能人、奈良・薬師寺の国宝「仏足石」に油をかけた疑いで逮捕 「祈りの行為」と説明

台湾の芸能人、蔡宜臻(芸名:蔡頤臻)が今年4月、日本を旅行中に奈良・薬師寺の国宝「仏足石」にグリセリンをかけたとして、重要文化財を損壊した疑いで逮捕された。

蔡宜臻容疑者は8月22日、関西国際空港から日本に入国した際、警察に逮捕された。日本のメディアによると、容疑を認め、「感動したものに油をかけて祈ることがあり、仏足石にも油をかけたと思う」と説明しているという。

警察は、蔡容疑者が過去にも日本国内の別の場所で同様の行為をしたと話しているとして、ほかの文化財や施設が被害を受けていないかについても調べている。

1273年の歴史を持つ「仏足石」

薬師寺によると、仏足石は釈迦の足跡をかたどったもので、仏像がまだ造られていなかった時代には、仏を象徴するものとして礼拝の対象とされていた。

薬師寺に伝わる仏足石には銘文が刻まれており、文室真人智努によって天平勝宝5年(753年)に造られたとされている。中国・長安の寺院にあった仏足石を写したものとされ、さらに長安の仏足石は、古代インド・摩掲陀国で信仰されていたものを写したものだと伝えられている。

古代の仏足石は現在ほとんど残っておらず、薬師寺の仏足石は日本に現存する最古の仏足石とされる。1952年には日本の国宝に指定された。

国宝に4か所の痕跡

日本の報道によると、蔡容疑者は4月6日午後1時20分ごろ、奈良市の薬師寺大講堂内で、国宝の仏足石にグリセリンをかけたとされる。

その結果、仏足石には4か所に色が濃くなった痕跡が残り、それぞれ長さ約1~2センチだったという。

グリセリン(Glycerin)は無色・無臭の液体で、保湿性を持つことから、化粧品やスキンケア用品などにも幅広く使用されている。

事件後、警察は寺院内の監視カメラ映像を解析し、関係者を特定した。蔡容疑者が再び日本を訪れた8月22日、関西国際空港で逮捕した。

重要文化財の損壊には刑事罰

日本の文化財保護法では、重要文化財を損壊した場合、5年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金が科される可能性がある。

今回の事件について、蔡容疑者の所属事務所は8月24日に声明を発表した。事件については日本の関係機関が法律に基づいて捜査しており、現在、本人とは直接連絡が取れていないという。家族と日本の現地弁護士を通じて状況を確認しているとしている。

台湾外交部も事件を把握しており、大阪の台北駐日経済文化代表処が必要な領事支援を提供すると説明した。外交部は、海外を訪れる際には現地の法律を守り、文化財や宗教施設の規則を尊重するよう呼びかけている。

台湾と日本の関係への影響は

日本では国宝が損壊された事件として、今回の事件が大きく報道された。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、NHK、共同通信など主要メディアが相次いで報じ、NHKは複数日にわたって事件を取り上げた。

8月24日の報道では、蔡容疑者が今回の訪日時に液体の入った小瓶を持っていたことも伝えられている。

台湾・国立政治大学国際事務学院の李世暉教授はBBC中文の取材に対し、日本社会は伝統文化や歴史的文化財を非常に重視しており、宗教的な観点からも歴史的文化財の背後には神聖な意味があると指摘した。

そのため、日本人が尊重してきた文化財が突然損なわれた場合、その理由が何であっても受け入れにくいと分析している。

一方で、今回の事件が台湾と日本の関係そのものに大きな影響を与える可能性は低いとの見方も示した。

李教授によれば、台湾社会でも文化財を損壊する行為に対して批判的な意見が多く、むしろ台湾の民間社会が日台関係を重視していることを示す結果になっているという。また、台湾メディアによる報道は、日本を訪れる台湾人に現地の文化や規則を尊重するよう注意を促す役割も果たしている。

日本の外国人政策との関係は

今回の事件では、外国人による文化財損壊事件だったことも、日本社会で大きな注目を集めた理由の一つと指摘されている。

李教授は、日本では外国人の受け入れや在留資格をめぐる政策の見直しが進められており、外国人に対する社会的な不満も一部に存在するため、今回の事件が広く報道される背景になった可能性があると分析している。

同教授によれば、日本政府は外国人労働者や観光客を受け入れる一方、今後は日本社会に適応し、日本にとってより望ましい人材や消費力のある観光客を受け入れる方向へ制度を調整していく可能性があるという。

「油をかけて祈る」はキリスト教の儀式なのか

今回、特に注目を集めているのが、蔡容疑者が「感動したものに油をかけて祈る」と説明している点だ。

蔡容疑者は過去、自身がキリスト教徒であると公言し、新生命小組教会に参加していたとされる。


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BBC中文が8月24日に同教会へ確認したところ、蔡容疑者は過去に教会の集会に参加していたものの、すでに何年も前に教会を離れており、現在は教会員ではないとの回答だった。

教会側は、聖書には「膏油」や「油を塗って祈る」という記述が存在すると説明した。

しかし、教会は他人の所有物、宗教施設、文化財などに、本人の同意なく油をかけたり塗ったりすることを教えたり推奨したりしていないと強調した。

また、信仰の実践は他人の権利を侵害したり、文化財を損傷したり、現地の法律に違反したりするものであってはならないとしている。

台湾の牧師「油に魔法の力はない」

台湾・済南基督長老教会の主任牧師、黄春生氏もこの問題について発言した。

黄氏によれば、聖書には確かに「油を塗る」という伝統がある。旧約聖書では、王や祭司が油を注がれることに象徴的な意味があり、新約聖書の「ヤコブの手紙」5章14節にも、教会の長老が病人のために祈り、主の名によって油を塗るという記述がある。

しかし、それは「特定の物に油をかければ、その場所を清めたり、悪霊を追い払ったり、霊的な支配権を宣言したりできる」という考えとは全く異なると指摘している。

黄氏は、「油は聖霊ではなく、油そのものに魔法の力があるわけではない」と説明した。

油、水、特定の行為、あるいはいわゆる「預言的行動」そのものに超自然的な力があると考えるなら、キリスト教が本来批判してきた宗教的な呪術の世界へ逆戻りする可能性があるという。

「感動したから行う」だけでは十分なのか

黄氏は、成熟したキリスト教信仰とは「感動したらすぐ行動する」ことではないと指摘する。

信者は、その行為が他人の尊厳や権利を侵害しないか、公共財産を傷つけないか、異なる宗教や文化を尊重しているかを考える必要があるという。

さらに、宗教指導者や奇跡などに対する盲目的な信仰を取り除き、「宗教的な傲慢」に警戒することも重要だと述べている。

文化財と信仰を尊重すること

今回の事件は、単なる文化財損壊事件にとどまらず、宗教的信念と公共空間、そして他者の権利がどこで交わるのかという問題も浮き彫りにした。

個人がどのような信仰を持つかは尊重されるべきだが、その信仰に基づく行為が他人の所有物や文化財を損傷する場合、自由な信仰の問題だけでは済まされない。

特に国宝のように社会全体で共有されている文化財については、個人の宗教的信念よりも、文化財を保護するための法律や施設の規則が優先される。

今回の事件をめぐっては、日本社会における外国人への見方や日台関係への影響も注目されているが、最も重要なのは、国籍や宗教にかかわらず、訪問する国の法律と文化を尊重することだろう。